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言語運用能力を高めるには

オーラルイントロダクションやナチュラルアプローチによって自然発生的な言語習得の機会を提供することは、日本のような英語が外国語である環境ではインプットの量が少ないために難しい、あるいは費用対効果が低いという主張をした。 ではどのような指導法がより効果的に生徒の英語運用能力を高めることができるであろうか。以下2つの候補について検討する。 1. 文法訳読式 2. タスクベーストアプローチ 1. 文法訳読式、つまり明示的に言語内容に焦点を当てた日本従来からの教授法は"Focus on Forms"と呼ばれこともある。 この教授法の利点は「指導者を選ばない」ことである。生徒よりも高度な英語の知識が教える側にある限りはこの教授法を使用することができる。 ただし、文法や語彙を日本語で理解しても実際に運用する場面では機能せず、「使えない英語」として批判されてきた。 さらに言えば、生成AIをはじめ、人間の産出する言語と遜色ないものが人間以外から容易に手に入る時代に、果たして文法や語彙について人間から「教わる」必要があるのかという根本的な疑問がある。 教える側の技術的な問題により、当面の間文法訳読式は日本の英語の教室からなくなることはないと予想されるが、それは英語運用力を高めるという本来の目的から生まれた環境ではない。そのため、時間の問題でこの指導法は淘汰されていくだろう。 2. タスクベーストアプローチは、第2言語習得を「特定の課題を達成する過程で必然的に発生するもの」として捉え、基本的には言語そのものには焦点を当てない。ただし必要に応じて生徒の注意を文法や語彙に向けさせることもあるため、そのアプローチを前述のものと対比して"Focus on Form"と呼ぶこともある。 例えば課題を「りんごを3個買う」と設定すれば生徒同士(または対教師)の対話は以下のようになる。 A: I would like to buy three apples. B: OK. That will be 800 yen. A: Here you are. B: Thank you. タスクベーストアプローチのジレンマは、課題さえ解決できれば使用された言語自体は問わないということである。極端に言えば、以下のような対話であっても「りんごを...

オーラルイントロダクションについて

今でも英語の授業の導入といえばオーラルイントロダクションを使う人が結構いるようだ。 オーラルイントロダクションとは、 「その日の題材や文法項目について教師が生徒と対話を主導しながら自然な形で導入していく方法」 とまとめて差し支えないだろう。 例えば「過去形」のオーラルイントロダクションなら以下のようになる。 T: I like ramen. How about you? S1: Yes. I like ramen, too. T: OK. I often eat ramen. Do you know Super Ramen Shop? S2: Yes. T: I ate ramen at Super Ramen Shop yesterday. Ss: Oh. T: Now please tell me your yesterday's dinner. S3? S3: Curry. T: "I ..." S3: I eat curry. T: No. I ATE ramen yesterday. How about you? Curry? So "I ..." S3: I ate curry. T: That's right. 会話の中で「自然に」現在形と過去形の文脈を提示し、過去形の場面での使い分けを促している。 このように文法そのものを明示的に説明するのではなく会話の中で学習者に気づかせるように仕立てていく方法を「ナチュラルアプローチ」とも呼ぶ。 ある特定の言語内容が現れる文脈が「自然」であり、「人工的ではない」ということだ。 オーラルイントロダクションが広く英語の授業で採用されるようになった経緯は不確実ではあるが、おそらくChomkyのLanguage Acquisition DeviceとKrashenのInput Hypothesisの影響があったものと思われる。 言語学者のNoam Chomskyは人間には誰しも脳内に言語を習得する特殊な機能を持つ「装置」を持っていると提唱した。 Stephen Krashenは言語習得の順序や文法監視機能など複数の仮説を提唱し、その中の一つがInput Hypothesisである。彼は人が言語を習得するのには「良質で大量...

マスク着用は「個人の判断」でいいのか

3月13日からマスク着用は個人の判断とされた。 なお、学校ではその変更は4月からとされた。 現在、学校現場でマスク着用を求めることはできない。 一方、マスクを外すことを求めることもできない。 まさに「個人の判断」に委ねられたのである。 外すのは自由だが、感染が怖いという教師や生徒に対しても、相応の配慮が必要ということであろう。 ただし、マスクの効用に関してはこの3年間で議論が尽くされた感がある。 アメリカCDCはコロナウイルスの感染経路は主に空気感染だと発表している。 日本の国立感染症研究所も空気感染を第一の感染経路として挙げている。 コロナウイルス感染症対策としてマスクを着用するというのなら、 その効果は極めて限定的だと認めざるを得ない。 一方、マスク着用の欠点についても議論がされてきた。 ある研究では、マスクに付着したコロナウイルスは、木やプラスチックといった表面上に付着したものと比べ はるかに長く感染力を保ったということが明らかになった。 また、マスクを着用したままの呼吸を続けることは酸素欠乏症にもつながることが危惧されている。 ある調査では、マスク内のCO2濃度は通常の空気の20倍にも上ることがわかった。 これは集中力低下や意識混濁にも繋がりかねない二酸化炭素濃度である。 つまり、マスク着用は感染症対策として効果が少ないばかりか、 むしろ総合的に見て有害でさえあると言える。 これは科学である。 科学的に見て、教師や生徒はマスクを付ける理由がないのである。 そして学校とは、科学を学ぶ場所である。 ここでいう科学とは理科分野に限らず、森羅万象全てにおける予測可能であり我々の行動の基準とすべき法則という意味である。 感染症対策としてのマスク着用は科学的ではない。「怖い」という感情も科学的ではない。 しかし、ここで問題は終わらない。 もう一つ、マスク着用が続いている理由として考えられるのが「他人の目」である。 自分の容姿を見られたくないという理由や、自分だけ目立ちたくないという理由がこれに該当する。 本来の感染症対策としてのマスク着用ではないため、コロナウイルスの感染状況に関わらずこの状況は続くことが懸念される。 多くの人が自分の容姿にコンプレックスを抱く思春期を経て大人になる。現在マスクを外せない多くの学生たちの心情は察...

定年再延長の決定

地方公務員の定年が再延長され、70歳となることが閣議決定されました。 65歳までの定年延長がされてわずか数年で再度変更がなされたのには厳しい国の財政状況が表れています。 なお現行法制度では61歳になるとそれまでの給与の7割程となる形を70歳まで延長することになります。 一方希望者には定年を65歳のままとし、その代わりに56歳から削減された給与での勤務も可能とし、幅を持たせた柔軟な雇用形態を配備するとのことです。 しかし現場からは実質の給与削減であるとの批判も多く、ライフステージに合わせた社会保障のあり方等様々な議論が今後も求められそうです。 ※このお話はフィクションです。

新課程版ALL ABOARD! ENGLISH COMMUNICATION Ⅰ 授業アイデアの一例 (Lesson 8)

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 今年実際に使用したワークシートを参照しながら授業案を紹介する。 <本文> This is a robot cafe!  Here, humanoid robots serve customers.  They can take your orders and bring your drinks.  One of the robots is talking to a customer, “I’m a little nervous because I’ve never worked outside before.”  Why is the robot saying this? Actually, a man with severe physical disabilities operates this robot.  The operator’s real body is in bed at home, but by using the robot, he can work in the cafe. <使用したワークシート> <詳細> A 生徒に相談させ、数名指名する。正解を確認したら、そのタイトルから想像される内容を考えさせ、数名指名して共有する。 B スキャニングをさせる。この時、音声を再生してもよい。数名指名して正解を確認。 C 正解を選ばせ、指名して確認する。   その後、構造や発音の簡単な解説をしながら音読練習をする。   ペアで日本語を聞いて英語にする練習をする。   それが可能になったら、画像だけを見て英語を言う練習をする。   ある程度練習をしたら、一人の生徒が実演し、もう一人が採点する。   制限時間内に言えた個数を「+        」のところに記入する。 D Dの空欄を埋めさせ、指名して正解を確認する。   左列の質問文の構造と発音の簡単な解説をしながら音読練習をする。   ペアで一人が左列、もう一人がワークシートを見ないで右列を言い対話をする。   見ないで回答できた個数を記録。役割を交代して同じことをさせる。   ペアテストの後、数人を指名して、教員が左列を、その生徒が見ないで右列を言う。 E  Bのスキャニングに対し、これは精読という...

新型コロナ感染症対策としてのマスク着用の効果

気温が日を追うごとに増すこの季節、そして新型コロナ感染症が下火になりつつある昨今、マスクを常時着用することについての議論はますます活発になると予想される。 マスクを着用する効果について改めて考察したい。 1.マスクがマスク着用者をウィルスから守る・・・× マスクの目の粗さではウィルスのような微細なものは防げないことはよく知られている。 2.マスクはマスク着用者の発する飛沫に付随したウィルスの拡散を防ぐ・・・△ 感染者の唾液にはウィルスが存在することは事実であるが、飛沫が直接他人にかかるような距離でコミュニケーションをとることは日常生活でほぼ無い(そのために「ソーシャルディスタンス」と叫ばれている)。 飛沫感染で懸念すべきは「接触感染」の方である。つまり、感染者の飛沫が身の回りの物体の表面に付着し、それに非感染者が触れ、そこにウィルスが存在しその触れた手が非感染者の目、鼻、口、傷口等に触れた場合に感染するという経路である(さらに、この物体の表面に存在するウィルス自体が感染力を維持していた場合に限る)。 そしてこの接触感染を防ぐために手指(「しゅし」?「てゆび」?新しい生活様式における新しい語彙なので統一すらされていない)をアルコール消毒したり、座面をアルコールを含んだ布で拭ったり、ビニール手袋をつけて食事を取ったりしているのだから、控えめに言って対策が過剰である。少なくともこれらの全てあるいはマスク着用どちらかが不要である(目的、効果が重複していて非効率、さらには不経済的である)。 3.マスク着用は感染対策の意識が高いことを伝える・・・〇 おそらくこれが不文律となっていて、マスク着用さえしていればその人は社会常識を備えていると判断されるようになってしまったのではないか。というのは、様々な場所で2歳以上の子どもまでもがマスク着用を促されるようになった一方、その着用の仕方まで厳密に指示されることはかなり稀であるからである。幼い子どもはその不快さからか頻繁にマスクに触り、また鼻を出したまま着用していることも少なくない。もちろんこういった傾向は大人にも見られる。 ちなみに、マスク着用によってそれを気にしてマスクを頻繁に触るようになるとマスクについているかもしれない様々なウィルスなどを手に付けるし、また着用者自身が手についているかもしれない何らかの病原体を目鼻口を通して自分自身...

高校英語 ジグソーアイデア 6コママンガ並べ替え

 ふと思いついて実行してみたらそこそこ発見があったので備忘録的に書いておく。 課題のゴール:6つのコマを正しい順番にする。 手順: ①1グループ6人でジャンケンをし、1位から順にA、B、C、D、E、Fとアルファベットを割り当てる。 ②教室6箇所にA〜Fのマンガのコマを置く。 ③担当の生徒が各場所に行き、絵の内容を英語でメモする。 ※生徒は相談しても良いが、メモは自分なりに作るように指示をする。 ④元のグループに戻り、メモを利用して6つのアルファベットを正しい順番に並べ替える。 ※日本語を使わないように注意する。何もしゃべらなくてもメモを見せ合えば並べ替えは不可能では無いが、補足したい場合は英語でのみ可能とする。日本語が使えるのならこの課題は簡単過ぎるということを生徒に伝えるべきだろう。 重要なのはいかに適切な素材を入手するかであるが、絵の腕前に覚えがある人なら教科書のストーリーを6コマに描き、導入の教材としても面白いだろう。 追記: こういうジグソー自体はどこかで聞いたか見たことはあったが、英語でメモをさせる形にしたのが変更点。こうすると生徒(今回は高校3年生)は結構日本語を使わなくなるということが発見だった。手元に英語のメモがあるとそういう効果があるのかもしれない。

「わかりません」にどう対処するか

 授業をやっていれば生徒を指名する場面が出てくる。 こちらが期待した正解、あるいは誤りであっても学習が深まりそうな回答、的外れだとしても少なくとも何らかの回答が返ってくればいいが、そうでない場合もある。 つまり無回答、あるいは「わかりません」と言われた場合である。特に経験の浅い教員ほど、どう対処するか気を揉むところであろう。 さて、この「わかりません」に対するその後の教員の動きにはいくつかの選択肢があるが、これは「問いの性質」と「他の生徒の理解度」による。結論から言うと、教員の対処は以下の3種類である。  1 教員が答えを言い、次に進む  2 次の生徒を指名する  3 教員がヒントを出し、その生徒の回答を促す 「1 教員が答えを言い、次に進む」のは、比較的平易またはシンプルな問いで、他の生徒半数くらいが正解をわかっているだろうという場合である。この場合、当該生徒の「わかりません」は、本当はわかっているのだが自信がないだけであると想定される。 つまり、もう少し催促すれば回答する可能性はあるのだが、回答までにどれだけ時間がかかるかわからないことに加え、他の生徒もほとんどがわかっているだろう答えに時間をかけるのは学習効率がよくない。そこで、早々に見切りをつけて次の問いに進めば授業テンポを失わずに済む。 「2 次の生徒を指名する」ことを前述の「1」の前に取り入れても良い。複数人指名して同じ状況ならば改めて1の手法を取ることもできるからだ。少人数クラスでは、回答できなければ次々と指名をしていくと1時間で2周以上指名をすることができ、緊張感を保てると同時に、生徒にも複数回のチャンスを与えることができて効果的である。 「3 教員がヒントを出し、その生徒の回答を促す」のは「1」とは逆の状況で、他の生徒も大多数が理解できていないか自信がない、あるいは複数の正解が考えられる場合である。 この場合、教員がヒントを出すことは当該生徒のためだけでなく、その他の生徒へのヒントにもなっているのである。 こうした後に改めて回答を促し、それでも答えられなければ次の生徒を指名しても良い。この場合、指名によって時間をかけることは授業テンポを損ねる行動ではなく、教師の助け無しでは回答できなかった生徒たちに対し思考する補助と猶予を与えることになる。StorchやSwainらが提唱するscaffold...

ピーチ航空マスク騒動を英語教師の視点から考える

ピーチ航空乗客が搭乗後マスク着用をCAから求められ、受け入れなかったところ降機させられたというニュースが話題になっている。 詳細はtwitter等で見ることができるが、気になったのはネットユーザーのこの件に関する意見である。 大多数は反対的な意見(マスクをしない方が悪いという意見)であるが、この乗客の対応は丁寧で論理的であり、賛同できるという声もある。 しかし後者の中で気になるのが、「心情は理解できるが、マスクぐらいすればいいのに」という意見である。 つまり、当人が納得できないとしてもマスクさえしておけば波風たてずに済むのだからそうしておけばいいじゃないかという妥協案なのだ。 この考えの背景にあるのは、マスクの不利益は当人がそれを不快に思うかどうかであり、その心理的な側面以外には実生活に影響はないのだから、その点を我慢すれば社会生活はうまくいく、というものだと思う。 しかし、果たしてマスクの着用の不利益は心理的な側面だけなのであろうか。 英語教師の視点から考察するとどうだろうか。そこには看過できないことがある。 声が聞き取りづらいのである。 それはこちらから発する声についてであり、生徒が発する声についてでもある。 実際、些細な応答でも聞き返さなければならない場面が増えた(声量を上げればいいという考えもあろうが、そもそも大声を出すというのはマスクをする本来の主旨に反するものであろうから推奨しない方がいい)。 音読はどうすればいいのだろうか。たまにマスクのまま一斉音読させている場面も見受けられるが、あれは一体何を目的としてやっているのだろうか?発声練習?音読の成否の判定基準は?声が出ているかどうか?それなら英語である必要はないだろう。 音読をさせる以上、生徒の発音レベルの判定をしなければいけない。しかしマスクがあると細かい音はまず聞こえない。生徒はそもそも教員と違って「発声」があまりうまくない。一音一音しっかりarticulateする訓練をしていないから仕方ないが。 さすがに教員は発声には慣れているからマスクをしていてもそれなりに発音をすることができる。そうはいっても、マスクをしない時と比べて大きな声を出す必要がある。結果、平時よりも体力の消耗は激しい(そしてこれが繰り返されると、無意識に教員は発声をする場面を減らすようになり、講義形式の文法訳読式へ重心を置くようになっ...

活動を中心にした単語から対話までの授業

英語の授業の目標の一つはある程度の長さの英文を発することが出来ることと考えられる。 小さな単位である単語から始め、対話までつながる一連の活動案を考えてみたい。 <英文>(出典:Perspective English Communication 3 Lesson 4 Who Do You Want to Be?, 第一学習社)   For years businesses have used different psychological strategies in their advertising to sell products and services.   Understanding the psychological factors that motivate people to buy something can help businesses sell more of their goods.   One common strategy used in advertising is to appeal to people’s need to imitate or copy someone they admire.   This type of advertisement shows a celebrity using a product with the hope that viewers will want to look like the celebrity, have the celebrity’s lifestyle, or have the celebrity’s power and influence.   The idea is that purchasing the product will help the buyer achieve these things.   The actor George Clooney has been paid to advertise, for example, a car in Japan, clothes in Italy, and coffee in a number of countries.   He doe...

Reading系授業 「パラグラフタイトルからパラグラフ当て」 「パラグラフ抜粋からパラグラフ当て」 「パラグラフタイトルからキーワード抽出」

「パラグラフタイトルからパラグラフ当て」 準備:前回の投稿③まで 手順:ペアになり、Aはノートを見てパラグラフタイトルを読み上げ、Bは教科書を見て合致するパラグラフ番号を言う。 目的:パラグラフタイトルと合致する語句をスキャニングする力を養う。 「パラグラフ抜粋からパラグラフ当て」 手順:ペアになり、Aは教科書を見て任意のパラグラフから任意の箇所を読み上げ、Bはノートを見てパラグラフタイトルを見て合致するパラグラフ番号を言う。 目的: ①キーワードからパラグラフタイトルに結び付ける力を養う。 ②任意の箇所を読む過程で、本文の表現や内容の理解を深める。 補足:Bがパラグラフ番号を当てられるかどうかに焦点が当たっているが、実はAが教科書のキーワードのスキャニングと音読をしていることになる。 「パラグラフタイトルからキーワード抽出」 手順:ペアになり、Aはノートを見てパラグラフタイトルを読み上げ、Bは何も見ずに該当するパラグラフに含まれる特徴的な語句を言う。Aは教科書も見て正誤を判定する。 目的:各パラグラフに含まれる特徴的な語句を認識することによって、大まかな内容把握の一助とする。 補足:この活動も、実はAがBの言ったキーワードのスキャニングをしていることになる。 2、3番目の活動のように、一見ペアのどちらかが課題に取り組んでいるような状況でも、その課題を出している側にも学習の機会があるということは見逃せない。また、教員もそのことを促すべきである。例えば私がよく言うのは、「問題を出す人もその英文自体を覚えてしまうつもりでいれば、自分の番になった時にもっとスムーズに答えられるようになる」ということである。

Reading系授業 「パラグラフタイトル作り」

目的: 細部ではなくパラグラフ全体として何を述べているか把握する力を養う。 準備: ①300語超の、5段落以上に分かれるパッセージ ②各パラグラフを端的に表した「パラグラフタイトル」を大きく印刷したもの 手順: ①教科書のパラグラフに番号を振らせる。 ②「パラグラフタイトル」を黒板に貼り、パラグラフ番号とそれに合致するタイトルをノートに書かせる(ここまでを宿題にしてもよい)。 ③生徒を指名し答え合わせをする。その際、どうしてその答えになったのか、参考にしたキーワード等を発表させる。 次回の上記の学習を使った活動に続く。

小テストの採点

結論から言えば、小テストの採点は自己採点で良い。以下、デメリットとメリットを比べる。   デメリット:不正が起きる まず考えられるデメリットはこれである。 小テストの成績に反映される度合いを生徒が信じていればいるほど不正が起きやすいということになる。そういった意味ではその小テストは機能している。     対策:生徒同士で交換して採点をする こうすることで不正の確率は減る。しかしそれでも、生徒同士で口裏を合わせて不正をする可能性は残っている。そこで・・・  対策2:時々教員が採点をする 不正をしている場合、こうすることによって、自己採点と教員採点に大きな差が出ることになりそうである。そうなれば、該当生徒はプレッシャーを感じ、不正がしづらくなると期待できる。また、自己採点と教員採点で差があることに教員が気づいているということを授業中にほのめかせばよい。 続いて、小テストを自己採点にするメリットは以下のとおりである。   メリット1:時間の節約ができる 典型的な状況を想定してみる: 単語テスト 5問 40人 3クラス分 添削をしなければ1人分5秒以内で終わる。1クラス3分強、3クラスで10分である。 この例は小テストの最小の類であるが、それでも小テストのたびに10分を消費する。長期的に見てこの時間が別の用途に使えるのなら効果は絶大である。 そして、自己採点の実施において看過されがちなのが次の点である。   メリット2:生徒に即時フィードバックが与えられる 間違いから学ぶ最も良いタイミングは間違えた直後であるということは、様々な実証データに拠る必要もなく、経験から我々は知っている。それなのに小テストの採点が遅れて返却は翌週などということになれば、その時には既にまた別の間違いが起きているのであって、前週のことの重要性は下がってしまっている。 自己採点をすることで、すぐその場で自分の間違いを知ることができる。この格好のフィードバックの機会を失ってしまうのはあまりにもったいない。 さらに言うと、このメリット2はデメリットを補うのに十分な意義を持っているので、不正をする生徒の存在などは微々たるものになるほどである。   時間の節約も、長期的に見れば大変重要である。 良い授業アイディアは、目の前...

定期テスト作成の難しさ

定期テストの時期になるといつも感じるのは、テスト作りを苦手としている教員は一定数いるということだ。 考えてみれば、そう感じるのも無理はない。教員養成、教育実習そして採用にいたるまでテスト作りの体系的な研修があまりにもないがしろにされているためだ。 そしてテスト作りの技術は経験を積めば向上するという保証もない。各学校でテスト作成の研修会を実施すればいいのだが、おそらく授業実施法についての議論以上に教員間でのコンセンサスに至るのは難しいのではないかという印象がある。 誰もが自分が苦労して作成したテスト問題に愛着がわくのだ。それを他人からとやかく言われたくない。 しかしそれではいけない。筆者の経験では、英語科は授業手法は担当教員の裁量に任されているが、定期テストは共通したものを使っている場合が多い。大学入試を目標とすると、統一した目標設定をしなければいけないのは道理にかなっている。 すると、定期テスト前に担当者が作ったテストを見てその他の教員は考える。自分が授業で実施した内容はこのテストで有効に反映されうるだろうかと。 あるいは、そのような問題が出題されるなら違う授業のやり方があっただろうと後悔するかもしれない。そうならないためにテストは前もって作っておくのが良いのだが、時間的制約からそうもいかない。 ならば、テストに出題される問題の傾向や質を事前に共有しておくのが良い。この共有は教員間だけでなく生徒も含まれる。 さて、実際のテスト問題の作成技術に関する考察は別の機会に譲るが、作成の際に考慮すべき一つの重要な点を挙げておきたい。それは、   生徒にどのようなことが出来てほしいか(具体的な語彙、語形変化など)   である。当然のことのように思えるかもしれないが、実際のテストを見てみるとそうではなく、テスト作成者の都合、癖によって問題が作られていることが少なくない。 これはテスト問題評価の試金石である。自分が作った問題を見返して、一項目ずつ、その問題を正解するためには生徒はどのようなことが出来ればいいのかを考えるようにすると良い。

文法系授業 コミュニケーションタスクアイデア 「対話化」

文法系の授業は難しい。 研究授業でもあまり取り上げられていないのではないか?という印象がある。 出てくる英文の一貫性が無いことが多いということは以前の投稿で述べたが、コミュニケーションとは、本質的にそれまでに述べられた(書かれた)言葉に一貫性を持った応答を与えることだろう。 コミュニケーションの意図がある以上そこには一貫性がある。Austinのspeech actsしかりである。 さて、文法系授業(現高等学校指導要領では「英語表現」)で取り上げられる英文は多くがgrammarあるいはfunction-basedであるため、それぞれの文の間のつながりは希薄である。 自然、音声活動を取り入れようとする教員は、一文単位の復唱、暗誦、あるいは日本語からの英語への翻訳という活動に制限されてしまうことが多い。 結果、活動の目的が英文を覚えることのみになってしまい、だったら生徒の自主学習の時間に複数回書かせ読ませた方が効率が良いということになってしまう。 せっかく教室で英語を扱うなら、少しでも他者との対話の中に意義を見出したいところである。 前置きが長くなったが、英語表現の授業の担当者は一つ一つはバラバラな文をコミュニケーション活動化する手法をいくつか持っておいた方がよい。 その一つが「対話化」である。以下はVision Quest(啓林館)より抜粋である。 1   日本語に合うように, (   ) に適切な語を入れなさい。 1.   このスカートはきつすぎます。別のものを見せてください。 This skirt is too tight. Please (         ) (         ) (         ) one. 2.   この冬は多くの人がインフルエンザにかかった。 A (         ) (       ...

どうやってインプットを増やすかについての問題

インプットを増やすだけなら、教科書以外の教材を導入すればいい。 ただし、平均的な公立高校の環境を前提にすると、テストに出題されることを主に扱う必要があるように思う。 教科書から逸脱することなくインプットを増やすことはできないだろうか? 1つのアイデアは、オーラルイントロダクションだ。 英文の内容をパラフレーズすることで、生徒の理解を助けつつ様々な表現を体験させることができる。 ただし、オーラルイントロダクションも、テストに関わりがないと見限られると、生徒の取り組み、興味は落ちる。 対策は、オーラルイントロダクションの最中にインタラクションを増やし生徒に緊張感を持たせる、オーラルインタラクションにするか、あるいはイントロダクション後に教師が発言した内容についての小テストを行うことだ。 もちろんこれら2つの対策は必ずしも効果的ではない。前者を毎回やるだけの体力・気力を備えるのは容易ではなく、後者は「1パート1ワークシート」の原則を破ることに多くの場合つながる。 筆者は両方やった。1度やって上記の理由で止めて、またさまざま実践記録等を読んで興味を再燃させられ、もう1度取り入れて、結局続かなかった。 授業者としての直感で、費用対効果が低いことがわかるのだ。 オーラルイントロダクション/インタラクションの長所について強いて言えば、授業者の英語力の増強につながることがある。直接的ではないにしろ、授業者の英語力は長期的に見て大きなメリットがあるので、この視点から実践を続けることは有意義なのかもしれない。 さて、前述の方法以外で、教科書から逸脱することがなく、かつテストに反映されるインプットの増やし方はあるだろうか?その提案を次回にしたい。

パラフレーズ

パラフレーズ・・・言い換えである。 教科書の英語を意味を大まかに維持しながら日本語を介さずに別の言い方をすることである。 例えば"Being one of the oldest buildings, Horyuji attracts countless people."という英文があるとする。 文法の視点からは分詞構文が、語彙の側面からはattractsとcountlessがやや難解である。 例えば以下のようにパラフレーズすることができるだろう: "'Being one of the oldest buildings' means 'Because it is one of the oldest buildings.' 'Attract' means 'to have attention of,' and 'countless' means 'a number of.'" あるいはより大きな枠組みで、"In other words, 'Because it is one of the oldest buildings, Horyuji has attention of a number of people.'"と言ってもよい。 パラフレーズの利点は、インプットを増やせることの他に、この活動自体が意味のあるコミュニケーションになることであろう。発言が相手に伝わらない場合、別の表現で言い換えることができるとすればその技術は大切である。 さて授業中にこの活動を取り入れる場合どうすればよいか。 まずい手順は、いきなり生徒に特定の英語を別の表現で言わせたり書かせたりすることだろう。まずはパラフレーズということに慣れさせた方がよい。 そして最小限のプリント枚数で授業を進行するためにも、この活動でプリントを発行しないことにする。ノートを活用したい。 <手順> 1.本文中の特定の英語のパラフレーズを板書しノートに書き取らせる(4~5個)。 2.生徒は教科書からパラフレーズされた元の文を探し、その箇所に線を引き該当する番号を書く。(正解を統一するために、正解が何語にな...

英語の予習

「自分たちのころは英語は予習してくるのが当たり前だった」 「今の生徒は予習をしてこない」 と嘆く声を聞いてきた。 しかしここで疑問が浮かぶ。 「何をもって予習とするのだろう?」 話を聞いてきた印象では、どうも「予習」とは教科書の英文をノートに写し、単語の意味を辞書で引いて調べてくることを指しているようだ。 前者は授業中に教員が解説する内容を書き込むため、後者は和訳活動が滞りなく進行するための前提を作っていると思われる。 実際の「学習」は授業中の教員の解説が主となり、予習自体に学習効果を期待していないように思われる。 英文を写すことは定着に寄与するといった議論や、辞書を引く行為は言語学習で重要なスキルであるという主張がある。 前者はともかく、後者に関しては「予習」ではない。「予め習う」のであれば、授業中にはそのスキルの指導と評価がなくてはならない。恐らくそうはならず、あくまで和訳のための単語である。 しかも、多義語の複数の定義の中から英文に即したものを選ぶには英文のある程度の理解が必要である。これを初見の英文で求めるのだろうか? 本文を写す活動も「予習」とは言い難い。意味の分からない英文を機械的にノートに転写したところで、学習が起きていると考えるほど我々はナイーブではない。 こういった事情を考慮すると、生徒には予習よりも復習を課した方が良いのだろう。 もちろん、生徒の習熟度が上がってくればより複雑な予習を課すこともできる。 例えば、授業中に地球温暖化について議論をするので、youtubeで関連する動画を視聴し、その内容を授業中に英語で共有する、といったことだ。海外のEnglish for Specific Purposes(ESP)の授業ではこういった手法がとられることもあるだろう。 ここまでを日本の英語教育で求めることができれば素晴らしい。 ただし、指導をする以上評価をしなければならない。youtubeの動画と同じ質・量の英語を教員が扱えなければ生徒に適切なフィードバックを与えることは難しいだろう。 生徒に課す予習の内容は教員の実力を反映するということなのだろう。

声を出す活動の節度

「英語の授業で生徒の発話量を増やそう」 というスローガンが掲げられて久しい。 それはいわゆる文法訳読式の授業に対する批判であった。 英語の授業の主眼は生徒が英語を話せるようにすることだと人々が言い始めたのだ。 それでは、英語の授業はとにかく「発話量」を増やしさえすればいいのだろうか? 答えは、状況によってYesで、あるいはNoである。 生徒が発話する活動は以下のような例が挙げられる:  ・語句、英文の音読/暗誦  ・パッセージに関する応答  ・意見交換などのフリースピーチ   たとえば上記の活動を立て続けに実行し50分を終えることができるなら、それはまさに発話重視の授業であり、生徒の発話を向上させるのに特化している。それはそれでよいと思う。 実際はこうは行かないということが問題である。 おそらく、語句の発話練習をした後にパッセージを読み内容を理解しようとし、質問に答え、英文を暗記し・・・。いろいろな要素があるのである。 大まかに言うと、4技能である。「話す」「読む」「書く」「聞く」という要素が混在する。 さて、実際に授業をしていて感じるのだが、音声媒体の「話す」活動と、文字媒体の「読む」「書く」という活動を交互に行ったり来たりすると、生徒の消耗が激しい。 これは想像に難しくない。一度発声して温まった身体が読解作業で冷え、そのあとにもう一度声を出すときに身体が疲労を感じるのだ。 この問題の解決のためにどうすればよいのだろうか? 1つは「話す」活動が数種類に及ぶ場合、できる限りそれらを連続して行うことだ。 高校の英語の授業で起こりがちと思われるのがまさに上述したような、語句の発音練習の後に読解に移る形式である。 そこでこの順番を変え、以下のようにする。  1.語句の意味を確認する。 コーラスなどの発話は行わない 。  2.その語句の理解を活用して読解活動に移る。  3.読解活動の成果を活用して、語句を文脈のなかで発話練習をする。  4.パッセージに関する発話活動をする。 語句を導入すると即座に発音練習をしたくなる気持ちを抑え、静かに次の活動に移るのがよい。 「発話量を増やす」とはいついかなる時も英語を発声すればいいというわけではない。 活動の組み合わせを考え、質、量の隔たりが大きく...

文法の指導 「合いの手メソッド」

「文法の指導」という言葉を聞いたとき、どういった状況を想像するだろうか? 一般的に行われていることはおそらく、演繹的にルールを解説して生徒に応用させるか、帰納的に例文の中からルールを生徒に発見させ、その後にまとめの解説をするかだろう。 後者の帰納的アプローチは、かつてブームとなった「オーラルアプローチ」を思い出させる。 いずれにせよ、この文法の「理解」が終わったあとに「言語活動」と呼ばれるような、当該の文法事項を活用してのコミュニカティブタスクが行われる、というのが私の印象である。 私も実を言うと最近まで、この手順に何の疑念も差し挟まなかった。まずは文法を理解し、次に繰り返し使用をして定着を図る。至極当然のように思われた。 しかし、自分自身が英語を話す機会を持つたびに、事実はどうもこうではないような気がしてきた。 「定着」はそれほど簡単に達成されないということだ。 第2言語習得研究の世界で使われる言葉は「暗示的知識 "implicit knowledge"」である。「明示的知識 "explicit knowledge"」、つまり明文化できる知識が暗示的知識に変わるのにはかなりの量の使用が必要であるという研究もあれば、あるいは明示的知識は暗示的知識には決して変化しないと言っている学者もいる。 われわれ英語を外国語として学んでいる者には期待できることではない。発話する以上は、常に文法フィルターを最大限意識的に使用しなければいけない。 そこで、生徒の発話に「補助輪」を付けようというのが、この合いの手メソッドである。 <手順> 1.英文を解説する。 2.文法、日本語訳の確認をする。 3.発音の確認をする。 4.暗誦をする。同時に、教員が「合いの手」を入れる。 <例> 1."I should tell you that she's waiting for you in that big restaurant across the street." という英文を暗誦させることを目標とする。 2.文法と日本語訳を大まかに解説する。板書してもよい。 3.個々の発音の確認、練習をする。 4.(1)コーラス練習に入る前に、もう一度文法解説をする。 (...